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zoom RSS インターネット時代の訃報

<<   作成日時 : 2010/10/18 06:21   >>

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初めてインターネット経由で訃報を受け取ったのは
米国東海岸に住んでいた叔父 Carl Pの死亡を西海岸にいた
従兄弟経由で送られた電子メールだった。90年代の終わり頃だったか。
順番に送られた電子メールは夜中米国から日本まで4通で妹まで
一瞬で伝えられた。その時間にみんなが起きていてメールを見て
経由していったのは、とてもインターネット的というか
不思議な感覚を体感した。

7日に食べ物を詰まらせて心肺停止になった父が一旦は心臓の
鼓動は動いたものの生命維持装置にかかって一週間 13日の9時に
86歳の生涯を終えた。母の意向により親戚や地元の友人知人だけの
葬儀を16日に執り行った。良い天気でいつもにこやかだった彼らしい日だった。

大正12年 関東大震災の直後に生を受け、太平洋戦争は海軍の通信学校で
参戦し、戦後は製薬会社の在庫を管理する仕事に従事していた。

昭和40年頃から私が剣道を習うのについてきていたはずが自分が幼少より
鍛えた血が騒いだのか稽古を再開。文京区音羽の講談社の裏手にあった野間道場で
研鑽した。当時、野間道場の師範は天覧試合師範の部 優勝の持田盛二十段
愛弟子で同じく天覧試合一般の部優勝の望月正房八段を筆頭とした最高レベルの
先生たちに混じって師範を勤めていた。

特に持田先生には可愛がられて防具や竹刀の面倒などをまかされていたのが
自慢だった。
http://blog.roberto-system.jp/200504/article_2.html

30年くらい前に祖父母の出身地に近い茨城県の牛久に移住。音羽にも通っていたが
地元の剣友会にも参加、矢島先生や鈴木義隆先生たちと鍛錬を続けていた。

10年ほど前に路上で倒れた脳挫傷の重傷となり失語症などに見舞われたが
母の熱心な介護により歩行も可能になり、短期記憶はままならないものの
新聞を読んだり、読書をできるまでに回復はしていた。

とはいえ、高齢になるにつれてさまざまな病気を抱えるようになり
今年の夏は誤飲による軽い肺炎を煩ったりじょじょに食べ物が
のどを通らなくなっていた。体が丈夫で鍛錬が行き届いていたために
心臓がきわめて強く一週間持ったのだと思う。そのおかげで
色々な段取り、覚悟もさせてもらった。母は55年寄り添ったパートナーが
いなくなるので寂しくはなるのだろうが今のところ気丈にしている。

妹夫婦や3人の孫たちにも面倒を見てもらって また近所の方たちにも
可愛がられて幸せな人生を過ごせたと思う。

父は仕事を集中して行うタイプ(夜の稽古にも手早くかけつけるため?)
稽古がなければ夏は日があるうちに帰宅して晩酌していた人で 
仕事と家庭、趣味の剣道と オン、オフのバランスをうまく取っていた姿には
影響を受けていますね。

今頃は空の上で持田先生や望月先生など野間道場の師範たちと剣の道について
語らいながら杯でもかわしていることでしょう。

合掌

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